歌番組

「アンダルシアに憧れて」~Mステ~1996年

YOU TUBE で映像を発見しました。

これは昔自分でもビデオに録画しているものと
同じです。
調べてみるとデビュー前、1996年の6月20日放送の
Mステでした。
この前の6月6日に剛くんがMステでこれもデビュー前
に歌っていた曲「Rocks」でソロ出演していました。
当時はこの映像もちゃんと録画しています。
(やはり時の流れを感じますね。
この頃はまだまだ光一さんファンながらGも応援
していましたから)

光一さんは17歳。
ロン毛です。
タモリさんとのトークも入っています。
当時の出演者、懐かしい人もいますね。
映像はこちら。
この頃は、
「LOVE LOVE~」でもそうでしたが、光一さんの着ている
ジャケットが常にデカイ、とよく話題になっていましたっけ。
ここで着ているジャケットもやはりデカイです。
ほぼフルバージョンの「アンダルシア」です。

最近ではカウコンで少し踊ってくれるくらいで、
なかなか見せてくれませんが、光一さんの「アンダルシア」
はこの頃から特別でした。
そして、この頃はよくしていましたが、
”シャツのボタンを外しています”
これも最近ではありませんね。

当時のジュニアがたくさんバックに出ていますが、チラッと
みたところ、ひとりふたりは知った顔があります。
今はもう事務所には居ないメンバーです。

この1996年の12月。
Mステでグループで出演。
「Friends」と「Distance」を歌っています。
「Distance」
懐かしい曲ですね。
たしか、「TOKI-KIN」の中のコーナー
「歌のベストテン」でKinKiの新曲として披露された
のがテレビでの初登場。

「Friends」は、
当時、滝沢くんと翼くんがバックについていて、
全員の白い衣装が印象的でした。


まさにこのときか20年が過ぎて・・・・。
光一さんは10代から30代に。
素敵な大人で、素晴らしい座長で、
オンリーワンのパフォーマーで、
尊敬してやなまい「エンタメ」大王です。
本当に幸せな出会いができてよかったです!

99年「ウルトラ LOVE LOVE~」春・秋

99年は光一さん20歳。

99年の秋からスタートしたのが「ピカイチ」で2000年4月に
始まったのが「ポップジャム」。
ドラマ「元気です!俊平」は99年6月ドラマでした。


この頃「LOVE LOVE~」は半年ごとに「スペシャル」が放送されて
いましたね。
「ウルトラ LOVE LOVE I LOVE YOU 99’春」と「~秋」です。


このとき「新テーマソング」を作ろう、ということで、「秋には作ろうぜ!」
となっていました。

「ピカピカ ニューソング」というコーナーができて、KinKiで新しい
テーマソングを作ることが決まりました。

拓郎さんの楽屋に集まって、光一さんが「曲担当」になったのでした。
この年には「パラダイス 沖縄」のCMが流れていたのでした。
「フラワー」が発売されたのが5月でしたっけ?

この前後にゲストでエレファントカシマシさんが出演。
「今宵の月のように」がとても印象に残っています。

拓郎さんの楽屋での2回目の「ピカピカ ニューソング」では
「好きな曲を持ち寄ってみよう!」がテーマ。
光一さんは「このまま手をつないで」を持ってきたのでした。
「この曲のコード進行とサビのメロウな感じが好き」と話していました。
イメージの広がるコードをつかうように、と拓郎さんにアドバイスされて
ましたね。


3回目の「ピカピカ~」で早くも詞ができてきて、光一さんの曲が待たれる
状況になってきたのですが・・・・・。
この頃の歌の総集編で、「フラワー」のアコースティックバージョンが演奏
されました。
光一さんは本当にギターを弾いているのか(笑)疑惑があって、
それに応える意味もあって、光一さんの素敵な演奏が聞けました。


99年夏。
少年隊2回目の出演。
錦織さんがジャグリングを見せてくれました。
この時5人で「君だけに」を歌ってくれました。

拓郎さんの楽屋での「ピカピカ~」は、その後なかなか曲ができず。
「早く曲が聴きたい」と言うたくろうさんに
「末永く待ってください」と答える光一さんでした。

この頃のトークで盛り上があったのが「キャッチフレーズ」
拓郎さんは「荒れ果てた荒野に太いホースで水をまく」だったそうで
のちに「砂地に太いホースで」だったと訂正が入りましたが。
ちなみにTOKIOは「ダテに待たせたワケじゃない」だったそう。
その後、こういった「キャッチフレーズ」は使われなくなったようですね。

「ピカピカ~」ではなかなか曲ができない光一さんに、たくろうさんの
ギターがプレゼントされました。
ここで拓郎さんから「合宿」が提案されます、「箱根合宿」ですね。

放送されたのは10月2日でタイトルは
「合宿 LOVE LOVE I LOVE 湯」

バスで箱根に向かうのですが途中、バスガイドのトムさんが出てきて、
いろいろご案内。
拓郎さんと光一さんがボートに乗ったり、「手打ちそば」を作ったり。
「彫刻の森美術館」で素敵な彫刻を見たりしたのでした。

「これまでの体験で、曲のイメージができましたか?」
と聞かれて、
「あ~」と答える光一さん。
小室等さんも来てくださったのですが、このときの拓郎さんの
紹介の言葉が、
「二人には共通点があって、それは”バック転”ができるところ」
えっ、ほんと??と思ったのは私。



・・・・で、秋の総集編で、ではなく、それが終わったあと、
やっと新テーマ曲が発表されました。


この「秋の総集編」では滝沢くんがゲスト。
当時17歳で、まだジュニアでしたね。
滝沢くんが光一さんの第一印象を
「ジャージ姿で、しかも少し短いヤツで・・・・・」と言っていました。
プロレスが好きという滝沢くん、光一さんに技をかけてみて、と
言われて、ものすごくスローな身振りで技をかけに行った滝沢くんを
ご記憶の方も多いでしょう。


このときはジュニアのコンサート前で忙しかったようですね。
滝沢くんと一緒に「ジャニーズセレクション」
つまりジャニーズのメンバーがゲストの回ばかりを集めた総集編を
見たのでした。
マッチさん、少年隊、SMAP(ひとりづつゲストで登場、中居くんだけ
この時点ではまだでした)、TOKIO、V6も出てましたね。
拓郎さんに
「ジャニーズっていつからこんなに面白くなったんですか?」と
いわれたんですよね。



新しいテーマソングが
「好きになってく愛してく」でしたが、やっぱりこのタイトルを見ると
やれやれ、と思ってしまいます。


この後、デビューしたばかりの嵐がゲストでやってくるのです。
99年も忙しい年でしたね。

「ビートルーズ」結成!

98年になって、「 LOVE LOVE ~」ではバンドを作ろうという
ことになって、KinKiがギター、篠原ともえがベース、拓郎さんが
ドラムで練習が始まりました。

この頃98年2月14日のゲストが少年隊。
番組でご一緒するのは初めて、と緊張のKinKiでした。

釣りの話を植草さんが、護身術の話をニシキさんが、自宅の置物
の写真を撮ってきて話してくれたのがヒガシさん。
中でもニシキさんの護身術の話で、
「この手を後ろから掴んでみて」といわれてそうすると
「助けてー!」とニシキさんが叫んで、
「道場ではみんな叫んでます」
に拓郎さんが大ウケ、大爆笑でした。


歌は「やさしい悪魔」「仮面舞踏会」「湾岸スキーヤー」
5人で歌う「仮面舞踏会」は素敵でした。


さて、バンドは光一さんが、突然拓郎さんからドラムに指名されて
ちょっと大変なことに。
バンド名は「ビートルーズ」に決まり、拓郎さんが呼んできた
松任谷正隆さんがプロデューサーとなって、7月に生演奏を披露
することになり練習開始です。
曲は光一さんが作ったメロディで、練習を重ねます。


7月14日 フジTVの「27時間テレビ」で生放送、生演奏です。
たしか篠原デザインのお揃いの衣装で登場。
曲はもちろん
”The Night Before Your Birthday”


ドラムを叩きながら歌う光一さんが素敵でした。
隣の人の弦が切れるというアクシデントもありましたが、
頑張って最後まで演奏できました。

「ビートルーズ」はこのあと1回だけ再結成されましたね?
いまとなっては幻のバンド、
幻の曲となってしまいました。
(いやいや、VHSには残っていますが)


この、同じ7月スタートだったのが、光一さんのドラマ
「ハルモニア~この愛の涯て~」です。
主題歌が少年隊の「愛と沈黙」でした。

「LOVE LOVE~」in HAWAI

今は2015年の年末ですが、

「LOVE LOVE あいしてる」は半年ごとの特番があって、
とくにハワイには何度か行っていますね。
拓郎さんが「ハワイ好き」というのが大きかったですね。


1997年の5月に放送されたのが、最初のハワイで、
3回にわけて放送されています。
成田空港を発つところから始まり、機内で光一さんが眠っている
ところもしっかり映像になっていて、「全部抱きしめて」がバックに
流れています。

放送1回目のゲストはマイク真木さん。
「バラが咲いた」を演奏します。
浜辺で「全部抱きしめて」を演奏。
2回目は坂井真紀さんと泉谷しげるさん。
ウクレレのお店にいって、「ウクレレ名人」の演奏を聞きます。
拓郎さんの「祭りのあと」をみんなで演奏。

3回目は加山雄三さんがゲスト。
クルーザーでワイキキ沖を航海しました。
拓郎さんが船酔い気味で。
加山さんにはギターを教えていただいたり、スキーの手ほどきを
していただいたり、番組でお世話になっていますね。
船中で「お嫁においで」を演奏して褒められていました。
ラストは浜辺で「旅人よ」を加山さんと一緒に演奏。
ハワイロケの楽しそうな姿、プラス、いつも音楽がいっぱいで、
「祭りのあと」「旅人よ」などの名曲が演奏されて、今振り返っても
素敵な番組だったと思います。



2度目のハワイのときには長瀬くんがゲストで、
TOKIOの曲をハワイのラジオ曲にリクエストに行って。
自己紹介の時に現地のDJが光一さんに
「君はモデルなの?」(英語で)と聞いていて、やっぱり「美しさ」は
万国共通か、と嬉しく思ったものでした。

このとき長瀬くんと「パイナップル畑」の真ん中で
”NOCKN’ON HEAVBN’S DOOR”を歌ったのでした。

トーマス松本さんがゲストのときは、潜水艦にも乗りました。
(拓郎さんとトーマスさんはお留守番)

3週目のゲストは「ハワイ初」というつんくさん。
2回目のハワイの最終回なので、みんなで買物に行って
お料理をして、パーティーでした。
LLASのメンバーが演奏したのですが、今朝着いて、このあとすぐ帰る、
と「一日だけ」のハワイで気の毒でした。
でも、トータスさんの夕日バックの浜辺での即興曲とか、
みんなで演奏するハワイバージョンの「ジェットコースターロマンス」
とか、やはり素敵な音楽に溢れていて、今でも楽しく思い出します。

この2回目のハワイは98年4月に放送されていました。


この頃、同時進行していたのが、
「カムカム ギターキッズ」から進化(?)した
「GO!GO!!BAND KIDS」
ちょっとこれあやふやですが・・・・。
例の「ビートルーズ」です。
これについては、また今度。

カム カム ギターキッズ~「My Wish」の誕生

「LOVE LOVE あいしてる」は何度も言いますが、とても

大きな影響を受けた番組でした。

特に「カムカム ギターキッズ」は拓郎さん、坂崎さんから
ギターを習うというコーナーで、1996年のクリスマスの「きよしこの夜」
から始まって、ついに自作曲を作るというところまで進み、その後の
曲作りの基礎を作ってくれたのです。


光一さんの曲が初めてこのコーナーで姿を見せたのは
1997年8月の放送でした。
この前後、7月5日の「歌の総集編」で「優しさを胸に抱いて」の完成形
が演奏されました。
この時、光一さんのハモリがきれいで、ここばかりが私には印象的でした。

7月12日は藤井フミヤさんがゲスト。
ギターを持つときの「形」を学びました。
7月26日は1時間の生放送SP。
「ロン毛」を切った光一さんが「宇宙刑事ギャバン」を歌ったのですが、
この回のギターキッズではチャーさんがゲスト。
「初めてのエレキギター」を学びました。

そうして8月2日。
ゲストは大友康平さん。
お誕生日が元旦ということで、光一さんと話が合っていましたね。
この回で初披露された光一さんの曲。
拓郎さんが
「男らしいね、どちらかというと僕系の曲ですね」と言い、
「恋してるんですか?」と聞いたのです。
光一さんの答え
「しているような・・・していないような・・・・・」

まだ「タイトル未定」でしたが、アレンジは吉田健さんに決定。
「剛はバラード系で、こっちはロック系でj派手目に!」と言う拓郎さん。
「とりあえずTVサイズで作りました」と光一さんが言ったので、
「そんなんで作る人はいないよ」とダメ出しされてました。


さて、その後「My Wish」というタイトルも決まり、
アレンジも完成。
拓郎さんに「カッコイイ曲になりそうだね。」と言われて
バンドで演奏することに。

8月30日。
ゲストは薬師丸ひろ子さん。
この時、光一さんのトークがかなりの勢いで、
薬師丸さんの「職場結婚」について質問したり、どうやって「ナンパ」され
たんですか?と聞いてみたり。
この時の演奏の前に
拓郎さんが、
「前回はバラードな感じで、今回はロック色が強い。二人の曲調が違う
というのは性格の違いを表しているのかね。片方は”う~ん、ボク・・・”
という感じで、片方は”バーン!”で・・・・」
と語るのでした。
「そうは見えないけどね」とも。

光一さんは
「バラードのつもりで作ったのにロックと言われた」と言っていましたね。
このあたり、ふたりの違いに触れていて、今となっては当然とも思える
ですが、当時はまだイメージが反対だったかな、というところがあって、
曲作りの中で、そうした本質が見えてくるのは凄いなと思ったのでした。

そして翌週9月6日。
ゲストは松雪泰子さん。
「あたしなんで抱きしめたいんだろう」を歌ったのですが、これがとても
印象的でした。
で、このあとステージで、お客さんの前で、「My Wish」の演奏です。
LLAS(LOVE LOVE ALL STARS)の演奏に、コーラスもついて、
素敵な「My Wish」でした。

「どうもありがとうございました」
とまずは客席に、続いてバックの演奏のみなさんに
頭を下げていた光一さんの姿を今も思い出します。


「硝子の少年」でのデビューが7月ですから、忙しいさなかに、曲作り
を頑張っていた光一さん。
1997年はいろいろな意味で、スタートの年になりましたね。

「LOVE LOVE あいしてる」

ある意味、今のKinKiを作った番組ですね、

1996年10月のスタート。

2001年3月の終了まで、4年半続いた番組です。

毎回生演奏での歌の披露があって、
ほぼ半年ごとにスペシャルがあって、
ゲストも多彩でした。

何かのプロモのための出演というものでもなかったと思います。
このあたりは吉田拓郎さんの存在が大きかったですね。

第一回のゲストはつんくと安室奈美恵。
第二回が泉谷しげる
第三回が森高千里
第四回がさんまさん
でした。


オープニング歌から始まり、
トークがあって、
その中で、ゲストのLOVELOVEな歌をきいて、
それを歌ってもらう。
さらにトーク後半があって、
不定期ながら「カムカムギターキッズ」のコーナーがあって、
篠原ともえの「プリプリプリティ」があって、
ゲストの持ち歌を一緒に歌うコーナーがあって。
しかも歌はすべ生演奏という豪華さ。

30分番組にもかかわらず
内容の濃い楽しい番組でした。

(その後の「堂本兄弟」は比較にもなりません。
まして今のロケ番組など・・・・・)


特に
「カムカムギターキッズ」は本当によくやってくれた!
と感謝したいコーナーです。

ここで光一さんの初めての曲「My Wish」が生まれ、
自作曲の作成など音楽的に大きな影響を受けることに
なったのですから。

初めてのギター演奏「きよしこの夜」は、本当に一生懸命で
緊張感が伝わってきて、こちらも緊張して見ていたのを
思い出します。


デビュー曲「硝子の少年」を生で歌ったのも
この番組が最初で、
この時の光一さんの歌いだしに
かなり不安を感じたのは内緒。


「カムカムギターキッズ」については書きたいことが
たくさんあります。

まずギターを買いに行って、
このときの購入エピソードがそもそも、というか、
いろいろな問題の始まりにもなって。

木村くんがゲストにきてくれたときには、
『KNOCKIN’ON HEAVEN’S DOOR』を一緒に演奏しましたね。
木村くんのラブラブな曲が、
忌野清志郎さんの「君が僕を知っている」で、
これがとても印象的でした。


木村くんとKinKiがSMAPの「どんなときも」を歌いましたね。

同じ頃、ゲストの徳永英明さんが、
光一さんの銀狼の話をされて、
「最終回で3階から飛び降りて(銀狼に)変身するところ
ビデオに録って何回も見た」
と言ってくださったのでした。


「LOVE LOVE あいしてる」は
いくらでも語りたい番組ですし、忘れられないシーンも
たくさんあります。


光一さんの「天然ぶり」が炸裂したのもこの番組でした。
これからも、少しづつ振り返って見たいと思っています。

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